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ぱちぱちと薪が燃える。暖炉の暖かみをこの家で感じるのは不思議だ。
彼は特別な物語を聞かせてくれた。長い時間のなかで生まれた、彼の物語。その貴重な一部を。
僕もまた自分の、十四年の歳月から生まれた物語を話したので、必要性がないから今まで明かさないでいた、破天荒な女友達の存在も教えることとなった。
「彼女も君たちのような存在を偏愛する者なんだよ」
「そのツキコという名はもしかして、漢字で月の子と書くのか?」
「そうだよ」
「へえ……なんかこう、かぐや姫的な」
「全然そんな人じゃないって、さっきの話で分かるでしょうが」
食卓に並ぶのは買ってきた出来合いのものばかりで、彼がそれを口に運ぶと違和感を覚える。アーガイルのセーター姿といい、今の彼はとても普通の人に見える。
この食事は彼の命には繋がらない。僕は彼の本来の食事風景を見たことがない。
「アユムという名はどんな漢字なの」
「歩くに夢、だよ。歩くだけでもいいんだけどね、母さんが夢の字を付けたがったんだと」
自嘲を浮かべる。
「夢へ向かって歩くというより、夢想の中を歩いていますよーだ」
舌から脳への快楽と引き換えに、頭がぼーっとしてきた。明日頭痛がするなんてことがないように、ここまでにしておこう。
明日……そう、明日は帰国。
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