#1

1/5
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ

#1

頭の中で音楽が鳴り止んだことはなかった。手足が疼いて仕方がなかった。 舞台の下はいたく現実的だ。音響設備は質よりも大きさだ。足元を見ると年季の入った材木の枠組みが露わになっている。しかし、舞台上は真っさらな白い板で覆われていて極めて清廉。その上にぞろぞろと連れ立ち、計算し尽くした足取りと目付きで整然と並ぶのは、この世の者とは隔絶した衣を纏う者たち。目の前にいる有象無象を巻き込み、これから五分間弱、見たことのない世界を展開する。 鮮やかな景色は風のように過ぎ去り、残像が瞳の裏に残っているうちに夜が来る。祭の最中、常に聞こえているどこかのチームの演舞曲の低いビート音。頭から消え去らないうちに、目を閉じて開けると、長い夢を見ていたような気分になる。 金曜に仕事が終わり、長い眠りの中に鮮烈な夢を見て、月曜にまた起きて、朝の穏やかな空気の中、仕事に行く支度をしていると、その記憶にぽっかりと空白を感じる。何をしていたんだろうかと。 しかし狭いワンルームの中には、夢の中で見た、赤い花の髪飾りや白銀に光る雲が描かれた扇子、着物を模した白い羽織が点々と落ちている。化粧をする時に、派手な色のアイシャドウがポーチの一番上にポツンと置いてあり、洗面台には、普段は使わないヘアスプレーやワックスが散乱している。 日焼けとまだ疲れの残る自分の顔を鏡でみると、まぎれもなくあの舞台で聴いた自分の息の音がまだ簡単に思い出せる。 誰だって夢にしか見られないような華やかさが現実であれと望んでいる。自分もまた望み、見るだけでは飽き足らず、足を踏み入れた。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!