青のサンドイッチ

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青のサンドイッチ

 六人目の彼氏は歴代では珍しくアウトドア好きの男で、梅雨明けの週末「サーフィンに行こう」と誘われ、彼の車で海へと向かった。  思えば子供の頃に、両親に連れられて海水浴に来て以来、10数年ぶりの海である。深呼吸をして、潮の香りの濃さを思い出しかんせいをあげ、果てしなく広がる大海原の、写真や動画からだけでは分からない底知れぬパワーを浴びて、心身ともに生き返る気分だった。  ウキウキと、借り物の板に乗って波を待つ。が、その日の海はどうにも穏やかで、彼曰く「イイ波」がまるでやって来ない。 「なんだ。アイツが来てるなら今日はダメだな」  少しの苛立ちを匂わせて、彼が呟いた。  彼の視線の先には、一人の青年がみんなと同じように波を待っている。 「アイツが来る日は、なぜか波が全く来ないんだよ。俺らは『凪男』って呼んでる。迷惑な野郎さ」  吐き捨てるような物言いに、胸が痛んだ。「凪男」。なるほど。晴れ男や雨女のような感じか。それでも青年には、悪気なんてないだろうに、そんな風に言うなんて。  「凪男」君は、彼の不躾な視線も気にせず、ニコニコと水平線の彼方を見つめて波を待っている。空と海の「青」の二層が揺らめく様は、凪いだ海ならではの心落ち着く光景だった。  ご自慢のサーフィンの腕を披露できず、すっかり機嫌を悪くして陸に上がってしまった彼氏は放っておいて、私は覚えたてのパドリングで凪男に近づき声をかけた。 「気持ちのイイ天気ですね」  一瞬、驚いた顔をした「凪男」君は、 「同感です」  そう言って、白い歯を見せて爽やかに笑った。  その青年が現在の私の夫だ。お陰さまで波風の立たない、穏やかな結婚生活を送る事ができ、来月めでたく金婚式を迎える。  毎年、結婚記念日には二人が出会ったあの海に出掛ける。  もう波乗りは卒業したけれど、砂浜を二人で手を繋いで歩くのだ。夫のおかげで、海は毎年凪いでいる。  水平線に見える、空と海の青のサンドイッチは、出会ったあの日と、今も変わらない。
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