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月夜と檸檬
いつの間にか気配が消えたなと思い辺りを見回すと、窓ガラスの外、縁側に座って膝に乗せた飼い猫のシャケを撫でながら、瑞季は夜空を眺めていた。
側に寄って、隣に腰掛ける。シャケに手を伸ばしながら、ようやく山の影から現れた丸い月にほの白く照らされた、蠱惑的な彼の横顔を見つめる。
樹々が風に揺れる音と、遠く聞こえる蛙の声。満月ではあるけれど、街灯もまばらな田舎だから、それなりにも星は見えるものだ。時折通り過ぎる飛行機の赤い点滅灯を目で追いかけながら、「どこに向かってるの?」と瑞季はつぶやいた。
「福岡かな。頻繁に飛んでるから」
「ふうん。福岡。俺行ったことない」
顔を上げているからか、すっきりとした直角三角形を描いた鼻筋や、細く長い首の喉元に飛び出た喉仏が震えるように動く輪郭が、月の光にじわりと溶けて、やけに眩しく目に映った。
もうすぐ帰らなければならないと言うのに、瑞季はのんびりと、月を、星を眺めている。まるでこの夜を永遠に愛おしむように、どこか淋しそうにも見える、優しいほほえみを浮かべながら。
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