月夜と檸檬

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 瑞季は高校卒業後、専門学校で建築CADを学んだ後、K市の建築会社に就職したが、仕事に時間がかかりすぎることや、あがり症で他人と目を合わせたりうまく会話することができないことを毎日のように叱責され、つらくなって辞めてしまったのだと言う。 「専門学校まで行かせてもらったけど、仕事は全然楽しくなくて、苦痛でしかなかったんだ。人付き合いも苦手だから相談できるひともいなくて」 「……それは、つらいな」 「一時期は、本気で俺はなにをやってもダメで、生きてる価値なんてないんじゃないかって思ったこともあったよ。自棄になって明け方まで遊んで夕方まで眠って過ごしたり、親とも険悪になったり、そういう時期が何ヶ月か続いて、ああこれじゃ本当にダメだと思って、ある日思い立って、沖縄に行ったんだ」 「沖縄? ひとりで?」  瑞季が無言で頷く。 「空港でレンタカー借りて、観光名所とか全然行かずにひたすら海岸線を走った。途中でエメラルドグリーンの海を眺めたり、ソーキそば食べたり、波打ち際で子どもたちと遊んだり、とにかく気の赴くままにのんびり過ごしてたら、本当に不思議だけど、それまでのつらくて苦しかったことが全部洗い流されて、靄がかかってた心が嘘みたいにすうーって晴れていった。その時、いろんな所に行って、いろんな経験をして、自分が本当にやりたいことを見つけたいって思ったんだ。だから、モトさんちにやって来たのもそういう理由」 「なんの前触れなしに『泊まりに行ってもいいですか?』って来たから、なにかあったんだろうなって気にはなってたんだ」  しばらくの沈黙の後、瑞季がふう、と大きく息を吐いた。
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