ノスタルジック・ブルー

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 凜とした静けさが満ちる真夜中の音楽室。そこには、幼い頃から自身が幾度となく聞いてきた音が響いている。孤独な夜にそっと寄り添うような、はたまた静かに落涙するようなひどく心悲しい音色だと自分でも思う。  本来ならば、こんな深夜に校内の音楽室を借りることは不可能である。しかし、律斗の繊細で心惹かれる演奏を気に入った教師たちが、彼にのみ特別に許可を与えているのだ。今思えば、それは自分の境遇を哀れんでいただけなのかもしれないと律斗は鍵盤に手を滑らせながら思う。  律斗は、小学五年生の頃に両目の視力を失った。ちょうど、天才ピアニストだという将来の肩書を得た頃だったのを憶えている。幸い、ピアノと共に育った律斗は、目が見えなくなろうとも変わらず演奏をすることが可能であった。ただ一つ悔やんでいることといえば、自身の演奏を聞いた人達の表情を見ることができないことである。高校生になってから、毎日自分の演奏を聞きにきてくれた少女の顔も一度は見てみたかった。  今日でこのピアノを弾くのは最後である。律斗は、今日この高校を卒業したのだ。自分を支えてくれた友人や教師たち、それからこの音楽室とピアノに感謝を込めて最後の演奏会を開く。お気に入りの曲を奏でれば、楽譜と一寸の狂いもない繊細な音が響く。それでいて律斗らしい切なげな色を混ぜた旋律だ。  窓の外からそっと転がり込んでくる半透明の月光を受けながらの深夜の演奏会。いつもと変わらない気分で弾いていく。ただ少し、普段と比べて寂しいだけだ。卒業──別れというものは、何度経験しても感傷的になってしまう。きっと一番の原因は、あの少女に会えなくなるからだと律斗はとうに理解していた。  演奏が終わると同時に、控えめではあるが気持ちの籠った小さな拍手が聞こえた。聴覚が鋭い律斗には、それだけで其処に居るのが誰だか判断がつく。  演奏を聞いていたのは、いつも此処に来てくれる少女──旋香(せんか)であった。
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