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ガラス玉の如く純度の高い瞳が律斗を映し出す。焦点の合わない律斗の灰色で濁った瞳が不思議そうに瞬いた。
「不思議な力って、どんな……?」
「あなたの演奏は、思い出を連れてくるの」
「思い出?」
「そう。人はいつしかどんなに忘れたくないことでも忘れてしまう。思い出したいのに思い出せない。そんな人の奥底に眠る思い出を、あなたのその旋律が連れてくるの」
そよ風のように優しい声がそう語る。自分の演奏にそんな力があるとは知らず、律斗はただ目を丸くして旋香の言葉を黙って聞いていた。
「透き通った海みたいで綺麗な音。だけど少しだけ切なくて悲しい。けれど優しく寄り添うようで、温かい音色。それが連れてくるいつかの日の思い出は、とても懐かしくて胸の奥が震えるの」
「……旋香は、俺の演奏を聞いて何を思い出したの?」
「あなたとの思い出よ。初めて会ったあの日や、一緒にピアノコンサートを見に行った時の事、それからあなたの演奏会に招待された時のこととか」
「それを思い出せて、旋香はどう思ったの?」
「今日は随分と質問が多いのね」
「……最後だから、いろいろ聞いておきたくて」
目の前にいる旋香に、律斗は真剣な眼差しを向ける。一瞬目が合ったような気がした旋香は、微かに目を見開く。律斗の手に触れたまま、旋香は静かに口を開く。
「とても幸せよ」
たったその一言だけを旋香は口にした。それ以上は、何も語らなかった。
「……そっか」
律斗は満足そうに微笑んだ。その表情は部屋の暗さや淡い月明りのせいか、ひどく切なげで儚い印象を抱かせる。
その言葉を聞けて良かった。律斗はそれ以上を追及することはなかったのだ。ただ、自分の演奏で誰かが幸せになってくれたことを知れたのだからそれで良い。この上なく自分は嬉しくて、何よりも彼女にそう言ってもらえたことが幸福であった。
「律斗くん、私からもひとつ質問があるの」
「いいよ、俺ばかり質問しちゃったからね。何でも聞いてよ」
「あなたは、私のために演奏してくれる?」
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