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「サヨナラをしよう」
そう言われたのは、真っ白な雪景色が広がる世界の中。私と彼がはじめて出会った場所であった。
彼は異形のモノだった。ヤギに似た頭に漆黒に塗りつぶされた体躯が特徴的な人物だ。背格好は男性のそれで、きっちりとその体を包むスーツはいつでもシワ一つない新品同然。彼の綺麗好きがよくわかる一品である。
そんな彼とは相反して、私は普通の田舎娘。パッと見てもあまり可愛らしいとは言えない顔立ちに、コンプレックスともいえる高い身長。足も細いわけではなく、手なんて日頃の家事のせいでボロボロだ。
こんな女と、いつまでも一緒にいたい人なんて、そういるわけがない。
だから別に、驚くことはなかった。私と彼は住む世界のちがうモノ。いつかはこうなるんだと、予測なんてとっくの昔にできていた。
しかし、しかしだ、いざその話を切り出されると寂しい気持ちが膨れ上がる。悲しみに涙を流せば、彼は手袋をはめた手で私の頬をそっと撫でた。
「泣かないでおくれ、アイナ……寂しいのは、私も同じだ……」
ならばなぜ別れを切り出すのだと、そう問うてみれば彼は口を閉ざして押し黙った。返ってこない答えに、私はほんのちょっぴりショックを受ける。
せめて理由さえ聞ければ、もっと晴れやかにお別れが言えただろうに……。
「アイナ……!!!」
気づけば走り出していた私を、彼の声が呼び止める。けれど止まらぬ足は勝手に、己が家へと向かっていた。
これで終わり。これで最後。
それが無性に悲しくて辛かった。
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