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翌日、目を腫らして起きた私は、外が騒がしいことに気がついた。一体何事だと出てみれば、一人の勇者が大演説を披露しているではないか。どうやら今から、彼は狩りに向かうらしい。
「白き大地に住むと言われる怪物を、この私が無事に仕留めてみせる! 皆! 心して我が帰還を待っていてくれ!」
声高々な宣言に、村人たちは大興奮。囃し立てる声がいくつも、あちこちから聞こえている。
馬鹿馬鹿しい……。
私は呆れて、踵を返した。
「あ、アイナ!」
勇者の声が、私の足を停止させる。
「今宵の怪物退治、これが無事に終わったら、君に伝えたいことがある。構わないか?」
正直どうでもいいことだ。
頷く私に、勇者は笑う。「それはよかった」とホッとする彼は、すぐに剣を片手、白き大地へと向かっていった。向けられたその背中に、多くの声が歓声を送る。
「……馬鹿馬鹿しい」
言葉に出して、今度こそ踵を返した。そうして家の中へと入ろうとしたところで、ハッとする。
『白き大地に住むと言われる怪物』
その台詞に、心当たりが一つ、あったのだ。
気づいた時には、私は邪魔な村人を押し退けるように村の外へと駆け出していた。走って走って、勇者の足跡を必死になって追いかけた。けれど一向に、勇者は私の前にその背中を現さない。もしかすると、向こうも走っているのかもしれない。
ギチリと奥歯を噛み締め、私は足を止めた。そうして、白くなり始めた景色の中、大声で彼の名を呼ぶ。大切な、彼の名前を。
『アイナ……』
響くように聞こえた声に、大きく目を見開いて止めていた足を再び動かす。走って、さらに走って、そうしてようやく飛び出た開けた世界で、私は赤色が舞うのを見た。小さな水滴が広がるように飛び散る光景に、自然と体は震え、そして冷えていく。
「……あ、アイナ」
血濡れた剣を手にした勇者が、笑顔をみせた。その足元で横たわる彼もまた、私の姿を見て、安堵したようにやわく笑む。
「アイナ! 君に伝えたいことがあるんだ!」
両腕を広げた勇者が言う。
『アイナ、サヨナラなんて言って、すまなかった』
頭の中で、彼の声が静かに響く。
「愛してるよ、アイナ!」
『愛しているよ、アイナ……』
重なった二つの声に、私は一滴の涙を流した。
切り出された別れの理由は、私のため。
私が再び、人として生きるために必要なものだったのだ……。
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