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男はポケットから使い捨てライターとWestのメンソールを出し、火をつける。
気だるそうに紫煙を吐き出しながら、本を片手に周りを見渡した。
外から見た建物のあちこちには、雑草がいつの間にか成長した子供のように伸び、風に揺れている。
男の名は東憲博。
少し前に海外へ行っていた人殺し――。
あなたは人殺し?
もし誰かにそう言われたら、東は俯きながらこう言うだろう。
……ちがう。
ちゃんと理由があったんだ。
俺は好きで人を殺したりしない。
ちゃんと理由が……。
かつてカントは言った。
“生来の義務として殺人は認められない”
カントに従えば、東は義務を放棄した事になる。
彼は感情を優先し、人を殺した。
タバコを吸いながら東は、以前に言われた事を思い出していた。
「欲望そのものに善悪はなく、好悪での区別だけだ。欲望と戦うのは社会的通念と法だけ。お前は無意識と本能に身を任せ、法との関係を見失った」
東は思う。
……あの人の言うとおりだ。
俺はまだ見失っている……。
昼休みが終わり、いつも通りプレス機の前へ行き、ひたすら金属を加工する。
ヒュー、ガッシャン。
ヒュー、ガッシャン。
工場内に加工音が規則正しく鳴り響く。
……マシーナリーな音。
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