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SS「不良神官と神殿騎士」
「ここにいたのか。筆頭神官のプリースト=カーマインが、血相変えてお前を探していたぞ」
「……」
「どうした? 行かないのか?」
「行く必要がない。わたしがいなくても、カーマインが対処するだろう」
黒髪の神殿騎士は、背を向けたリセルが寄りかかる、古びた石柱に腰を下ろした。
「ここが好きなのか? 大神殿にいない時は大抵ここにいるが」
「別に」
リセルの口調は実にそっけない。かつ、乾いていた。
黒髪の神殿騎士は周囲を見回した。ここは今から五十年前、突如地盤が陥没したことにより崩壊した『旧』大神殿の跡地だった。
その名残りは自分が腰を下ろしている神殿の柱のみだが、その広大な敷地の大半は木々が生い茂る森となっていた。
新しい神殿は現在の王城の隣に移築された。この森は新しい神殿の裏側にある。
「南部の神殿から異動してきたプリースト=カーマインが嘆いていたぞ。まさか、自分が大神官の業務をさせられるとはと」
「わたしだって、ちゃんと仕事をこなしている。年に一度、アルヴィーズ神を喚び出して国の安寧を願っている」
「お言葉ですがリセル=アーチビショップ様。あなたはその仕事しかなさっていないようだ」
リセルが振り向いた。けだる気に頬杖をついて黒髪の神殿騎士を見上げる。
「それが、わたしの仕事だ」
神殿騎士は仕方がないという風に肩をすくめた。
小さくつぶやく。
「――不良神官……」
ふん、とリセルが鼻で笑って、再び神殿騎士に背を向けた。
「――神殿まで送ります。そろそろ戻らないと、本当にカーマインが発狂してしまう」
神殿騎士は銀の剣を持ち直し腰を上げた。
「嫌だと言ったら?」
リセルはあいかわらず柱に寄りかかって森の緑を眺めている。
「嫌っていうか? そこで? 神官の護衛をする神殿騎士が、神官を置いて一人戻るわけにはいかないだろう」
リセルは意外なものを見るように神殿騎士を見上げた。
「じゃ、一時間だけでいい。ここにいてくれ」
「なんだって?」
「あんたはわたしの護衛をするのが仕事だろう?」
「それは、そうだが」
リセルは被っていた大神官の緋の帽子を放り投げ、石柱に背中を預けたまま目を閉じた。
「寝るのか! おい!」
「……眠らせてくれ。今だけ、昔のように」
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