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黒板の字はよく見えた。戸田君はものすごく猫背だったから。しかし黒板の字がよく見えたって、勉強がよく出来るとは限らない。
中間テストまであと少しだというのに、今、先生に当てられた計算式の答えがわからない。少し唸って、わかりませんと口を開きかけたとき、前の席から小さな声が聞こえてきた。藁にもすがる思いでその声の通りに答えると、先生が正解と頷いた。
席に座って、前の席の背中をつついて、小さな、聞こえるか聞こえないかくらいの、それはそれは小さな声でお礼を言った。
戸田君が少し振り返って眉間の横三本の皺を見せた。
授業が終わってすぐ、今度はしっかりと戸田君にお礼を言った。
「しょうがないな、教えてやるよ」
頼んでいないのだが、戸田君は私の青い花柄のシャープペンとドット柄のノートを奪い、計算式を書いていく。
「これが、こうなって、こうで……」
「あ、だから答えがこれね」
戸田君は意外にも教え方がうまい。ずっと謎だった部分が解明した。
「新学期早々こんなんじゃ、先が思いやられるな」
頭が悪いと思われたくなかった。
「たまたまだよ、たまたまこれだけわからなかった」
「うそくせー」
戸田君が声をあげて笑う。笑いながら、シャープペンとノートを返してくれる。
「このペンさ、書きやすいな」
そうだ。このシャープペン、戸田君が握った。それだけなのに、意識すると少し緊張した。緊張したことを悟られたくない。
「いいでしょ。咲とお揃いで買ったの」
買った百貨店も教えた。
「さすがに花柄は買えないけどな」
戸田君は苦笑する。
「でも、握りやすいし、いい色だな」
色を褒められたことが、意外でならない。
「この、青色?」
「うん。なんか、長瀬に合ってる」
なんだか、なんだかものすごく恥ずかしい。
「ありがとう」
私が言うか言わないかのうちに、戸田君は向こうの男子が固まっているグループに紛れ込んでいった。
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