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ぎこちなく差し出した善意も、クラスメイトからすれば手段でしかない。
彼女に話し相手がいなかったわけではないけれど、泣くのはいつも1人だった。
一生懸命は悪いことじゃないよ。
何度もそう呼びかけたけれど、涙を拭うのはいつも服の袖だった。
いちばんの事件は、3年目の秋の日のこと。
長かった休みが終わった浮ついた気持ちと、引き締めていかなければいけないという妙なプレッシャーの入り交じった、独特の雰囲気にあった。
「ごめん、通して」
物理的にも窮屈な教室での給食当番には、これまでにも何度か危ない場面があった。
今回は、わざと通路をふさぐようにしてお喋りに興じている。
女子2人のうち、ひとり。目が合った。
「向こう、回ればいいでしょ」
反対側の通路は、男子生徒が椅子をくっつけ合ってふざけていた。
慌てて目をそらす。だめだ、こわくて話しかけられない。
「少しでいいから」
渋々空けられたスペースを慎重に通り抜けようとしたとき、
「はい、『少し』」
左側に、傾いた。
右側から勢いよく押されたのだ。
机を濡らすのはまずいと思ったとき、胸元が熱くなった。
「ねえ、汚いんだけど」
トレーに載っていた器は、傾いていたり倒れていたり。
足下からは味噌汁のにおいがするだけで、物々しい音は立てていない。
また、上手くやれなかった。クスクスと笑う声が聞こえてくる。
どんな視線が刺さってくるのか恐くて、顔を上げられなかった。
「じゃあ、味噌汁飲むなよ」
足下に1枚の雑巾が放られた。落ち方には、親切心というより怒りがこもっている。
「中野も」
初めて生で聞く声。いつもは、苦手なざわざわのど真ん中にいる声だった。
「邪魔なら、邪魔だって言えよ」
反対側の通路をふさいでいたくせに怒気のこもった口調で凄んでくるものだから、怒ればいいのか怯めばいいのかわからない。
「...ごめん」
チッ。
普段は明るいはずのキャラクターが、豹変して目の前にいる。
体は大きいし、声は低い。こっちの方が憂鬱だ。
「これ」
奪われたトレーの代わりなのか、押しつけられたのは体操服だった。
「今日、間違えて持ってきたから」
鞄から引っ張って出したのか、少し皺が寄っている。
「洗ってきたとこだから、臭くない」
そう言われれば、ほのかに柔軟剤の香りが
「大丈夫だから」
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