4・助手席の女

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 衝動買いした私の短いモノサシでは、尺が足りなさ過ぎて測ることの出来ない――――私には届かない幸せを“普通に”手に入れた紗栄子。  ゲームでも韓ドラ観賞でもない。お菓子作りが趣味だという優れた“ママ”を、苦労もしないで、誰かに喜んでもらうために完璧に努め上げている所が、素晴らしいのに憎たらしい。  だから私は。ママ友だろうが何だろうが、  紗栄子を絶対に誉めない。      ◇ 「伸リン。暇なら今から一緒にお茶しに行かなーい?」  今日は平日だが、臨時で仕事が休みだった。羅王を保育園に送ったら、そのまま帰り道の途中にあるコンビニでお菓子買って家でパズドラでもやりながら過ごそうと思ってたのに。  紗栄子は私の職場のシフトを把握している。  だって彼女のご主人さんは――――  私が、今日のシフト希望を“出勤”で出してる休日だと知ってる彼女には、『ごめん。今日用事があって――――』という言い訳が通用しなかった。      ◇  駐車場。私の中古の軽自動車の隣に、紗栄子の黒塗りのランエボⅩが停まってる。彼女曰くランエボは、実はご主人さんの愛車。ガソリン代節約のために夫婦で交換して乗っているらしい。  明治時代を意識した赤レンガ造りの建物の中、鈴の音を鳴らしてドアを開けて足を踏み入れるとそこには、私の母親と同世代くらいのウェイトレスが、メイドコスプレでモーニングを運んでいた。  カフェ“一可八可(いちかばちか)”。  紗栄子はこの店の常連客。 『コーヒーが深みがあって美味しいの』って、くどいくらい何度も聞かされたお店。  私は迷わずトマトジュースを注文した。      ◇    私が勤務している“あの店”は朝、昼と行列の出来るくらい繁盛している“弁当屋”。ご主人さんの稼ぎがいいのだろう。町内の行事等で大量の注文が入った時以外はめったに手伝いに来る事のない紗栄子。形だけの従業員でほとんど専業主婦といった彼女は、ほぼ毎日と言ってもいいくらい、この時間帯に一可八可に訪れる。
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