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6・射精
◇
謙介さんの自宅は、家から羅王が一人で歩いて行けれる程の距離にある。それなのに“不倫デート”という事で、待ち合わせ場所は、わざわざ県を隔てた7駅も先。注意を払って目的地のある繁華街の3駅手前の寂れた駅裏ロータリーまで謙介さんがランエボに乗って迎えに来てくれる。
こんな真夜中の密会で、知り合いに鉢合わせるとかは無いだろう。
同僚の山本ちゃんがこの辺りのアニメグッズショップに出没してるらしいって、謙介さんに(多分冗談で)脅されてドキッとした事あったけど。
ランエボの助手席に乗って繁華街へと入り、個室のある小料理屋へと向かうのが毎回のお決まりコース。店の予約も取ってくれて食事代までも出してくれる羽振りのいい謙介さん。
上司の威厳を見せようとしてらっしゃるのか。コレ言ったらかえって失礼に当たるかもしれないと思いつつも、何から何までやってもらって申し訳ない、と伝えたら、
「伸ちゃん優しいな……」って。
普段は目立たないのに、笑った時だけ目尻にできる無数の皺。
優しさが心の中から外へ溢れ出してる謙介さんのこの笑顔に、出逢った時からずっと惹かれていた。
『優しい』って他人から言われたのは、もしかしたらこの人が初めてだったのかもしれない――――
私を想いながらネットで店を探すのが好きなんだと。
私のためにお金を遣うのが好きなんだと。
あの人は言ってくれた。
そして二人は美味しく頂いた魚料理の後の肉料理といったコース料理の如く。その後、流れる様に行きつけになっているホテルへと消えていく。
『ここで頂くコーヒーがとても美味しいのよ』
私達の事を何も知らないで、のうのうと呟く紗栄子にいつか言ってやりたい。
謙介さんを完全に自分だけのものにしてから。
『ここで頂く謙介さんの――――がとても美味しいのよ』
ってね。
1晩かぎりの清算時解錠オートロックの檻の中。積もり積もった不満と欲望をあの人に注がれる癒しと快感で満たすだけ。
見返りも何も無い。
こんなの他人には到底理解できないだろう。
特に山本ちゃんには絶対狂ってると思われる。
でも。そんな繋がりが私には必要だった。
謙介さんが居ないと、いつ自分が壊れるのか分からなかった。
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