2・開封

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       ◇    ヒトとして生きていたあの頃――――誠と夫婦生活を送り始めたあの頃は、憧れのヴェルファイアに乗るのは諦めて、誠も私も、維持費が安く済むから“動きゃあいい”と、お互い中古の軽自動車に乗っていた。クルマは二の次。そんな贅沢なんか出来ない。まずは建て売りでも中古でも構わないから土地付きのマイホーム一戸建てに住む方が優先だった。  よって新婚生活を家賃の安い市営アパートからスタートした私達。  本当は個人の経営するお洒落なデザイナーズマンションなんかでホヤホヤな新婚生活を送りたかったけど、マイホームの為だからしょうがない。市営アパートは間取り数が少なくデザインも古いけれど、これから産まれてくる子供のためにも周りの環境は良さそうだし、ご近所同士の交流も私達夫婦と同様で、マイホームのために慎ましく暮らしてる人が多いという理由でここに住む事に決めた。それぞれの家庭の生活レベルによっぽど差が無いだろうから、気を遣って人付き合いしなくていいし悪くはないだろう。  毎日ちゃんと家計簿つけるの習慣にして。外食は控えてスーパーの特売日に買い出しに行くとか、風呂はなるべく一緒に入る様にするとか。出来る限り節約して。少しずつでいいから貯金出来るように心掛けていけば、私達の夢はきっと叶う。  そう思ってた。  ヒトとして生きていた時。  誠の妻として生きていた時。  かつてヒトであった、“近藤伸子”として生きていた時を、憧れのヴェルファイアの中、あなたの隣の助手席で思い出す。      ◇ 「おかあさん、“もういいかい?”おわったよ? まだいかないの? お仕事まにあう? はやく保育園いきたい」 「ちょっと待ってて。あと5分……」  とある市営アパートA棟201号室の玄関入り口のドアに“近藤”と記された入居者の名の書かれた表札。  かつて私、近藤伸子はここに住んでいた。  旦那の誠は1時間程前に会社へと家を出たところ。   私は5歳となった我が家の一人息子の“羅王(らおう)”をこれから保育園へ送って行って、その足で勤め出して3年目となるパート先の弁当屋へと向かう。
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