7人が本棚に入れています
本棚に追加
「あ・・・れ?」
空を見上げると、白いものが落ちてきた。
最初はふわりふわりと頼りない綿ぼこりのようなものだったのに、それが次第に数を増していく。
あるかないかのほのかなものが、次々と仰向いた顔の上に舞い降りて溶ける。
「気持ちいい・・・」
ふ、と、吐息が喉を滑り出した時、いきなり視界を遮られた。
「憲」
深い緑に覆い尽くされる。
少し、目がくらんだ。
「ん・・・なんだよ」
ふらりとかしいだ自分を、暖かな身体が包み込んだ。
「仕事、さぼって大丈夫なのかよ、先生」
茶々を入れると、生真面目な弟の声が返ってくる。
「憲が、馬鹿みたいにこの寒いなか立ってるのが目に入ったから」
背後から暖かい吐息がふわりふわりと頬を撫でて、くすぐったい。
「俺は、こうしてるのが好きなんだ」
小さいころからこうしてきた。
あの、がらんどうの庭でも。
「わかってる。・・・でも風邪をひく」
そう言うなり、あっという間に鼻から首まで柔らかなマフラーでぐるぐる巻きにされた。
濃紺の細やかなカシミヤ糸を使った手編みのマフラー。
「これ・・・。もしかしなくても母さんが編んだやつだよな」
「ああ、そうだっけな」
「お前、この年になって母さんの手編みはないだろう。前にこれじゃなくてもっと綺麗で上等なの巻いてたじゃないか。水色の・・・」
「あれは、なくした」
さらりとかわされ、言葉の続きを失う。
「あ・・・。そう」
「うん」
ほら、と、今度は手を取られてぐいぐいと手袋まで装着される。それはマフラーと同じ色合いで、少し憲二には大きかった。
「あっ、しかも手袋まで母さんの・・・」
「これは、この間編み直してくれた。もう指先が擦り切れていたから」
「そういうことじゃなくってさ・・・」
「憲」
声が少し、遠い。
「なに?」
「昨日は晴天でとても暖かかったのに、今日は雪だなんて不思議だな」
「うん・・・。そうだな」
弟は、空を見上げていた。
「こういうのって、名残りの雪っていうんだっけ」
勝巳は、時々こうやって、幼い物言いに戻る。
「・・・。うん」
顔を上げ、もう一度雪を視線で追い始めた。
預けた背中は暖かく、びくともしない。
「面白いね」
最初のコメントを投稿しよう!