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その日は快晴だった。
ねえ、知ってる?
――と、彼女は、よく晴れた空を見上げて言った。
東の地平線の上に、一刷毛浮いた雲が残念に思えるほど、その日の空は快晴だった。それさえなければ、文字通りの雲一つない青空だったから。
「あのね、ウルトラマリンって海より青いって意味じゃないんだよ」
海を越えて来たって意味だよね――そう口に出さないだけの分別が、僕にはあった。
「遠く、ずっと遠くの、海の向こうから運ばれてきた来た顔料から作られる、貴重な色だっだから、ウルトラマリンなの。知ってた?」
「へえ」
「意外と無知だね、君は」
申訳ない、とつぶやいて、僕も空を見上げた。
日差しは強いけれど、気温も湿度も高くなく、むしろ肌寒いほどで、僕は襟元を押さえる。
「今日の空は淡い感じの青だから、ラピスラズリって感じではないけど。ラピスラズリはもっと濃い、群青に近い感じの――」
「ラピスラズリって、何?」
やらかした。
どうやら、僕はやらかしたらしい。
「ねえ、何?」
「いや、何というか」
僕が顔を背けた方向に、彼女は付いてきた。
「ラピスラズリって、何なんですか?」
「いや、だから。えーと、ラピスラズリのことをウルトラマリンとも呼ぶって感じかな」
「やっぱりだあ。そんな風に人のことバカにして」
「いやバカになんか――」
「してる」
これが、春のことだった。
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