そして、彼女は消えた

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 「そうだったんですね。知らなかった……」 「あいつ、執筆をパソコンに移行してからは殆ど何でも電子になったからな。無理はない」 「それなのに足立さん、よくわかりましたね」  その一言で、俺は気づく。  この手紙の、不自然な点。  何故、彼女は差出人を書かなかったのか。  恐らく、彼女はわかっていたはずだ。森内が彼女の筆跡を知らないことを。にも関わらず森内宛の手紙にも差出人を書いていなかった。  「……書き忘れ、か?」  差出人の書き忘れ、という事自体はそこまで珍しいことではない。珍しいことではないが……。  ぞわぞわとした何かが、背筋を這い昇って来るのがわかった。それはどうしようもなく不快な何かで、どこか重たい湿り気を帯びている気がした。とてつもなく嫌な予感だ。  「森内、お前、日ノ宮に連絡とったか?」 「いえ。まだです」 「……電話する」 自分の社用のスマートフォンを鞄から探り出し、電話帳にある彼女の番号をタップした。  呼び出し音が数回鳴った。  黙ってこちらを見つめる森内は、不安そうに眉尻を下げている。音は、一向に止む気配がない。  1分ほど鳴らしたところで、一方的に通話が切れた。向こうから、切られた。  「どうでした?」 「ダメだ。切られた」  試しにもう一度かけてみたが、案の定電源が落とされたようで繋がらなくなっていた。  俺は今日の自分のスケジュールを頭でさらう。午前にも午後にもそれぞれ人に会う約束がある。駄目だ。  試しに森内にも予定を聞いたがこちらも今日は日取りが悪く、定時まで予定が埋まっているらしかった。  「とりあえず、編集長には話をしておく。もうすぐ始業だ。今日の仕事が終わってから、また考えるぞ」 「はい」  森内が自分の机に戻って行くのを見届けて、俺は鞄の中から本を1冊取り出した。  淡い空色の中に薄く刷いた雲が浮かんでいる。巻き上がるように散っているこれは、桜の花弁だろうか。青みの強い紺色で、右上の方に『散華』とタイトルが入っている。左下に書かれている著者は、『日ノ宮 遥』。  机上のパソコン横に並ぶ本の列に、それを加える。自分が担当している作家の本は言わずもがな、数多の作家の本が並ぶその場所に、彼女の本は幾冊もある。  俺は彼女の世界が好きだった。  それはもうどうしようもなく、好きだった。
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