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「ごめん、待った」
待ち合わせの十分前のはずだが集合場所にはすでに彼女の姿があった。
「……どなたですか?」
駆け寄って声を掛けると、彼女は警戒心を露わに睨みつけてきた。そういう体質なのだと知ってはいても恋人から向けられる拒絶には慣れるものではない。
「俺だよ俺、オレオレ」
「はぁ?」
様子見の軽い冗談は軽く滑った。彼女の眼はまごうことなき不審者に向けられるソレだ。「すみません。ふざけました。莉里ちゃん。俺だよ、三ツ谷建志。今日は一緒に植物園に行く約束したじゃん」
柔和な表情を作り努めて軽い口調で告げた。何かを推し量るように彼女はこちらの瞳を覗き込んできた。軽薄な己を向こう側まで透かされるようでぞっとした。
「……何のために行くんでしたっけ?」
氷にナイフで入れた切り込みのような薄い唇を震わせて彼女は尋ねてきた。さて、間違えないようにと注意を巡らせながら答える。
「百合の花を見るためじゃなかったっけ。次のコンクールで描く絵の題材にするって言ってたじゃん」
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