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誰よりも人魚嫌いのあの人は今日も私に砂を吐く
早朝の更衣室の床に、青い鱗が落ちていた。誰も居ないとは分かっていたけれど、周囲を気に掛けつつ、私は素早くそれを拾った。制服の胸ポケットに滑り込ませ、何事も無かったような顔で立ち上がると、控えめなノックの音が響いた。返事も聞かずにドアが開き、館長の白い顔が現れる。まだ若いのに、彼女の眉間には深い溝が刻まれていて、日頃の多忙さが伺えた。
「お早うございます」
「お早うございます。今日も暑いですね」
何事も無かったかのように挨拶を返し、軽く微笑みかければ、館長は大きく息を吐く。先週読んだ絵本の女王にそっくりで、私はつい笑ってしまった。
「…元気そうですね、Aさん」
館長はブラウスのボタンを外しながら、私に語り掛ける。
「そうですか?」
「ええ、もっと、こう…」
言い淀む館長に、私は遠慮なく投げる。
「B先輩の事なら平気です、今更辞めたりしませんよ。配属後からこの調子でしたから。三月(みつき)も経てば流石に慣れます」
その人の名前を出すと、館長の顔があからさまに歪んだ。やはり上にも話が伝わっている。困ったな。大ごとにしたくなかったのに。
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