1.社食で柴犬に声かけられて

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 B定食のトレイを手に、空いてる席を探してると、「おっ、美鈴」と、声をかけられた。振り向くと、白い柴犬が舌をベロリと垂らしてニタニタしてる。ただし、柴犬なのは顔だけで、身体は、人間。ひょろっとやせた男性だ。  「浩太、あんた、元に戻り切ってないよ」あたしに言われて、「えっ、マジ?」と驚くから、スマホを自撮りモードにして突き付けてやる。「ちっ、緊急脱出してきたばかりだからなぁ」  あたしが浩太のA定食のトレイを持ってやってる間に、奴は、元のクローン人間の顔に戻る。「サンキュ」と、あたしからトレイを引き取りながら、「やっぱ、『ジジババの日』の社食は、混んどるな」と言う。  あゝ、そうだった。今日は、月に一度、退職したOB、OGが無料で社食を利用できる『先輩感謝デー』だ。 「浩太、『ジジババの日』って言い方は、ないよ。あんたも、いつかは、ジイさんだ。年寄りは大切にしないといかんよ」 あたしがたしなめると、浩太が顔をしかめて、「今の俺は、年寄りを大切にする気には、とても、なれん」と言った。  浩太がお年寄りのそばを避けたがるもんだから、5分以上ウロウロして、やっと、2人席をゲットした。  あたしたちの世界は、地球の並行世界。地球には、日本という島国がある。そこの住民は、もの忘れがひどくて、自分たちの間に伝わってる昔話と怪談を、どんどん忘れてしまう。  それだけなら、どうってことないんだけど、昔話の50%、怪談の70%が忘れられると、日本が消滅すると理論的に予測されてるそうで、これは、まぁ、おおごとと言えば、おおごとだ。  あっちの世界とこっちの世界で、どういう話し合いがあったか、あたしは、知らない。ともかく、こっちから、日本にキャストを派遣して、おんなじ昔話、おんなじ怪談を定期的に再現してやることになった。  昔話では動物が喋ったり、人に化けたりするから、動物の遺伝子を組み込んだクローン人間をキャストとして派遣する。それを仕切ってるのが「日本昔話成立支援機構」で、あたしと浩太は、そのクローン・キャストだ。  あたしの名前は美鈴。もっとも、これは、子どものころ、養育センターでつけてもらった愛称で、正式名称はM3017、クローンとしての製造番号だ。   
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