159人が本棚に入れています
本棚に追加
/477ページ
聞き慣れない物音に体を起こせば、芳ばしい匂いが嗅覚を刺激する。
まだ回転の遅い頭でその起因となったものを突き止めようとしていると、じわりじわりと口の中が潤ってきた。
腹、減ったな。
いち早くこの空腹を満たしたいと思うも、この重たい足を動かすのは億劫だった。
立って、歩いて、扉を開いて、また歩いて。
考えるだけでも疲れてくる。
かといって声を張り上げる気力もない。
何か良い手はないかと周りを見渡せば、枕元に可愛らしいピンクのカバーが付けられたスマートフォンが置かれていることに気づく。
用途は恐らく目覚まし時計。
コイツのせいで……!
徐々に晴れてくる思考と共に、水底に沈んでいた憤りも湧き出てきて、俺は衝動的に掴んだそれを扉に向かって投げつけた。
「きゃっ」
さぁぶつかるぞってときに扉は開かれ、突如現れた肉塊に勢いよく当たる。
そして、想定していたよりも地味な音でスマートフォンは地に落ちた。
「ちょっと、何すんのよ!」
ぷんすかという擬音そのままにしかめっ面をする彼女は、むせるほどに甘ったるい香りを身にまといながら、こちらに近づいてくる。
「せっかくご飯作ってあげたっていうのに」
仁王立ちで見下ろしてくる様に苛立ちを感じ、頭を掻き毟った。
「誰もオメーのまずい飯が食いたいとは一言も言ってねーよ」
「ほんと、アンタって相変わらずよね!」
呆れ半分嘆き半分のため息をつき、彼女は手を差し伸べてきた。
きめ細やかな白い手。
長く伸びた爪は先まで綺麗に整えられ、鮮麗な紅色のマニキュアがてらてらと光っている。
「ほら、立てる?」
その中途半端な同情心が嫌に鼻についた。
乱暴に手を払い除け、八つ当たりに被っていた布団を蹴飛ばす。
そうして、俺はすぐに後悔した。
最初のコメントを投稿しよう!