第11話:兄を、失った日

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私はソファの裏に置かれている折りたたまれた洗濯物の山からタオルの束を取り出し、風呂場へ向かった。 ていうか洗濯物の仕事また残ってるんじゃん。 いささか不満に思うけれど口には出さない。 あんたたちが手伝いをしてくれば、とお説教が始まるのが目に見えているから。 そういえば最近お手伝いしてないし、絶対うるさく言われそう。 やや気分が下がりかけたので、別のことを考えようと頭をめぐらせる。 廊下の空気に蒸気の温かさが加わっているのを肌に感じ、自然とそちらに思考が傾いた。 拓真は今頃一番風呂に存分に浸かっているに違いない。 持ってくるついでに早く上がるようちょっと急かそうかな。 なんてことを頭に浮かべて私は扉に手を伸ばした。 「母さーん、タオルが……うおっ」 私が取っ手に指をかけたのと同時に扉は開かれた。 目の前にずぶ濡れ姿の拓真が現れ、瞬時に見えなくなった。 驚きで抱えていたタオルの束がバラバラと床に落ちる。 「真琴、ごめん!」 くぐもった謝罪が思考の隅に届く。 足元から力が抜けへなへなと腰が砕けた。 ぶわりと目頭が熱くなり、たまらず口を手で押さえる。 「えっと、マジでごめん。隙間空けるからそこからタオル渡してくれないか。……真琴?」 頼みも聞かず地に項垂れた私の脳内を占めるのは、逞しい拓真の体躯。 日に焼けた浅黒い肌に、引き締まった首筋、そこから伸びた盛り上がりのある肩や腕。 スポーツで鍛え上げられた屈強な身体。 そうか……。 当たり前のことなのにボロボロと涙が溢れて止まらない。 私の名を繰り返し呼ぶ声が遠くに感じた。 一度意識してしまったら最後、強烈な印象となって脳内に植えつけられる。 ガラガラと頭の隅で何かが崩れていく音がした。 そうか、拓真も。 ……男の人、なんだ。 私はその日、双子の兄を失った。
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