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一口ミルクを口に含んではほっと息をつく。
体の芯がだんだんと熱くなってきたのはミルクのおかげか、それとも拓真の手に触れつづけているせいか。
それとなく疑念を抱くも頭が上手く回らない。
ただ、この機を逃してはならないという考えがおぼろげに脳内を漂っている。
私がひたすらに手と口を動かしている間、拓真は隣に座って私に手を預けていた。
ずっと腕を上げたままじゃ辛いだろうに。
それもあって次に口をつけたとき、私はミルクを一気に飲み干した。
「マグカップ、置いてくるね」
拓真の手を外し立ち上がる。
「いや、俺が……」
「あっ」
拓真がカップを受け取ろうと手を伸ばし、私の手に重ねた。
思わずそれを弾き、勢いでマグカップを落としそうになる。
咄嗟に拓真が宙でつかみ、難はしのぐことができた。
「っごめん、真琴」
「……ごめんなさい」
双方から同時に発せられる謝罪。
視線が逸れる。
拓真の顔を見るのが怖かった。
また傷つけてしまったに決まっている。
気まずい沈黙から目を背けるように私は拓真からカップを奪い取りキッチンに走った。
最低限すすぎもせずそのままシンクに置く。
去り際、蛍光灯のスイッチを切り、生まれたばかりの濃闇に溶けてソファを目指す。
視界を奪われるだけで、どうしてこうあらゆるものが際立って感じるんだろう。
体の内から聞こえる鼓動、古びたソファが軋しむ音、そのあと訪れる深夜の潜まるような静寂、空気をつたう体温。
そして拓真の抑えた息遣い。
こうしてみると凄くシンプルだった。
黒に覆いつくされた世界で私と拓真のみが存在する。
余計なものが何一つ無い。
ついさっきまで雑然としていた空間が幻のよう。
何故だろう、とても気持ちが楽だった。
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