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「あ、ほらやっぱり足りてる。ちょっと待ってね、今返すから」
「俺そんなジャラジャラ小銭は持ち歩かない主義なの。小腹すいたな、ちょっとマック寄ってかね?」
「あ、うん。いいけど……」
それよりもお金、と言いかけた声は恭介の唇に遮られてしまった。
背筋だけには飽きたらず、足の裏から頭の先まで一気に凍るようだった。
今日は様々な変化を見せてくれたけど、公衆の面前でこういう事をするのを一番変えてほしかったな。
恭介もしまったと感じているのか、離れていく唇はどこかこわばってさえいた。
恭介の勘は鋭い。
皆までは分からなくとも私が想いを馳せているときだけ、恭介はすかさず私の気を引き戻す行動に出る。
恭介のせいにしている場合じゃない。
先に彼を不安にさせたのは私だ。
「もう、くだらないことして誤魔化さないでよ。お金のことはキッチリしなさいってお母さんから耳が痛くなるくらい言いつけられてるの。怒られるのは私なんだから」
おどけた口調で私は恭介の体を押す。
恭介も緊張を解いて、自身に触れる私の左手に指を絡めた。
「そうか、それは嫌だな。じゃあ、俺が一緒に怒られてやろうか?」
「結局私が怒られるのは変わらないじゃん……」
「変わらないことはねーよ。怒られたあとすぐに俺が慰めてやれる」
調子を取り戻してくれたのは良かったけれど、よくもまぁこんなにも口が回るものだ。
「前々から言おうと思ってたけど、お母さんたちの目の前で変なことしようとはしないでね。これだけは本当にお願い」
「変なことって、例えば?」
恭介の薄い唇の端が意地悪そうに吊り上る。
これには呆れてものが言えなかった。
けれど、私の手に絡まる指は一切拘束を解く気配が無い。
言わなければこのまま離さないつもりなのだろう。
私は悔しがりながら、仕方なく口を開いた。
「さっきみたいなこと」
「さっきっていつのことだよ」
「だから……!」
いくらなんでも調子に乗りすぎ!
私は自棄気味に恭介の手を引っ張って、彼の耳が自分の目の前にくるよう誘導した。
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