159人が本棚に入れています
本棚に追加
「あ、あの。ここ……どこなんでしょう?」
荒れた息を整えながら私は尋ねた。
足はもう棒のように動かなくて、両手を膝に当ててなんとか立っている状態。
私をこんな目に合わせた張本人はケロリとしていて、水道で口をゆすいでいた。
今、私たちはマンションの小さな付属公園にいる。
それまで走ってきた街とは打って変わって明かりが極端に少なく真っ暗。
住宅地に差し掛かっているのか車の交通量もほぼ無く、夜の静かな空気が流れているだけだった。
五月の夜風がさらりと髪を撫でる。
彼は蛇口を閉めて顔を上げると、二丁目、とだけ簡単に答えた。
そんなこと言われても地元民じゃないから全然分かんないよ!
心の中で毒づきながら、これからどう帰ろうかと模索する。
どの道を通ってきたのか全然覚えてないよ……。
っていうかこの辺りまだ来たことないし。
駅ってどっちだったっけ。
あーもう、せめて明るければ……。
考えているうちに口に当てていた手を彼につかまれてぎょっとした。
そんな私を無視して、何の説明もなしに彼は歩き出す。
「ど、どこ行くんですか。私帰らないと……」
少しだけ歩みを遅らせ抵抗してみる。
彼は一度止まって私の方に顔を向けた。
話を聞いてもらえると安堵した途端、次は肩を抱かれて強制的に歩かされる。
ふわりと彼のパーカーから甘い香りがした。
シトラス系の甘い香り。
学生にとって馴染み深い制汗剤の可愛らしいそれとはまるで違う。
もっと主張的で濃密な、艶を含んだ香り。
香水だ……。
私は本能的に危機感を覚えた。
最初のコメントを投稿しよう!