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第12話:静かな、悲鳴
「なぁ、たぁくんって何?」
あの短い時間の中で強く心を捕らえた単語を口に出せば、受話器の向こうで拓真が言葉を失う。
俺は押し黙り、無言という名の威圧を飛ばした。
私用を終えてから即座に電話をかけて、出たのが約束した新橋妹ではなく拓真だったのは想定の範囲内。
妹の反応からして期待はしていなかった。
拓真にも用があると言えばあるわけだし、最初からそもそもこだわりはない。
ただ、“さすがの拓真君”も人間である以上苦手なものは存在してしまうから、それを考慮したまでだ。
スピーカー越しにすぅと抑えた息遣いを感じる。
まるで自分を律するような、感情を押し殺すかのような、そんな呼吸。
何かあったな。
ピクピクと頬がつる。
今の俺の表情を表すなら苦虫を噛みつぶしたような、と言い回すのが打って付けだろう。
おい、何があったんだ。
言えよ。
『……昔のあだ名だよ。幼稚園とかそのくらいのときの』
その返答で不安が解消されることはなかったが、これで一つの気掛かりには納得がいった。
噂通り兄に密着していた新橋妹。
手を握られただけで満面の笑みを浮かべ、つかの間の別れには唇を噛み締めて、見ているこっちが胸焼けしそうだった。
俺が誘導しなかったらそれこそ片時も離れなかったに決まっている。
けれど、その甘え方にはどことなくあどけなさが漂っていた。
恋人にするようなベタベタと密度のあるそれとは微妙に違う。
まさに幼子のように無邪気で……。
「何だよ、赤ちゃん返りってヤツ?」
それくらいに精神が追いつめられているというわけか。
半分茶化して相手の出方を見る。
『かなぁ……だろうなぁ』
だから、なんでそう堪えようとするんだ。
覇気のない喋り方は聞いていて辛抱ならないものだった。
「大丈夫なのか」
辛いならとことん吐いちまえばいい、それこそ中島みたいに。
あれはあれですぐに周りが見えなくなるところが問題だったけど、逆に拓真は周囲を気にしすぎている。
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