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第16話:幸せという、罪
トントンと音がする。
どこからかいい匂いも漂ってきた。
目覚ましでないものに起こされるのは久々だ。
俺はまったりと目蓋を開け、腕を上に伸ばして欠伸をした。
目尻に溜まった涙を拭い、右肘をついて体を起こす。
音と匂いの出どころは玄関と部屋を隔てる扉の向こう。
キッチンだ。
いつの間にか一人になっていた布団の中から出て立ち上がり、扉を開ける。
拓真は包丁でトマトを切っているところだった。
「それもしかして朝飯?」
「もしかしなくても朝飯」
切ったトマトをレタスののった皿に盛り付けながら拓真が言う。朝から野菜を食うなんて贅沢だ。
ま、拓真のお金で買ったものではあるからいいけど。
「もう出来てるから、布団上げてテーブル出しといてくれないか」
「ん、分かった」
寝ぼけ頭で指示通りに動き、準備をしてみればトントン拍子に朝食がテーブルに並んだ。
出来立てのサラダはレタスとトマト、キュウリのトリプルコンボ。
もう一皿には一口にしてはでかい卵焼きとウインナー、そしてご飯と俺にとっては休日の昼食並にリッチなラインナップ。
どういう風の吹き回しだよ、と訊ねてみるとこれが新橋家の通常運転だと返ってきた。
「マジかよ」
「マジだよ。ほら、食べるぞ」
「あ、あぁ」
こんなにしっかりした朝食は高校生になって初めてだ。
しかも拓真お手製ときた。
俺は恭しく手を合わせた。
「いただきます」
「どうぞ召し上がれ」
料理をした割には拓真も寝起きから抜けきれてないようで、その口調はのったりとしていた。
拓真の作った卵焼きは醤油の味がした。
原田家の卵焼きは砂糖で味付けするから口に新しい。
美味しくて自然と笑みがこぼれる。
作った本人もさぞ満足してるだろうと見れば何故か仏頂面で食事をしていた。
さっきから様子がおかしい。
寝ぼけを引きずってるというわけではなさそうだ。
「美味いな」
素直に評して出方を伺う。
「あぁ」
心ここにあらずといった様子。
こうなるといくら察そうとしても無駄だ。
俺はストレートに訊ねることにした。
「どうした」
ここでやっと拓真と目があった。元気のない瞳。
「いや」
拓真は口をもごつかせながらも答えた。
「物足りないなって」
「料理が?」
嘘だろと思いつつ首を傾げると頷く拓真。
まだ食べるのか。
体育会系だから食べるのが好きなのは分かっているけど、これ以上何が足りないっていうんだ。
「何食べたいんだよ」
「……味噌汁」
聞いて呆れる。
なんて贅沢だ。
「まさか味噌溶くところから作るんじゃないだろうな」
そう問うと拓真は、インスタントでいい、とボソリ呟いた。
毎朝味噌汁か、見習いたい健康思考だ。
「具は油揚げだけでいいな」
フリーズドライの野菜入りは値が張るから申し訳ないけど買えるものじゃない。
拓真だって少しでも節約したいはず。
「え、いいのか」
拓真の目が少し見開かれる。
「今日学校終わったら買いに行くぞ」
言ってみて、良かったと安心する。
拓真の口元はほんの少しだけ緩んでいた。
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