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飯尾静稀の手が、佐々貴美鷹の右腕を握った。
貴美鷹が思っていたよりずっと、熱い掌だった。
「な、に」
「……シャー芯」
無愛想に呟かれた声は冷たい。
ざわと、背中が震えた。
耳が熱い。
視界が隠しようもなく潤む。
「侘びだと思って昇降口まで送ってくれよ」
その鋭い目が心臓を射抜く。
拒絶することも、誰かに引き留められることもなく、貴美鷹は教室の後ろ扉から廊下に引き摺り出されていた。
腕を引かれたままで静稀の背中を見ていた。
ネイビーのニットベストが、体のラインを浮かせている。
貴美鷹が思っていたより薄く、頼りない背中だった。
教室の真ん中で、いつも誰かと談笑している姿からは、想像がつかない。
何を話せばいいか判らない。
ただ、沈黙は肌に痛くて、早い歩調のまま無言で進んでいく静稀に任せていた。
何で自分なのか、とか。
どんな風に体調が悪いのか、とか。
話した方がいいのかもしれない。
でも、なんだかそら恐ろしくて、言葉にできない。
なにか言ってしまったら、静稀はどう受けとるだろう。
自分とは違う、クラスの中心にいるような人間。
誰と話すのも当たり前のようだった。
教師にもタメ口を叩いて、それでも愛嬌で許されて、少し斜に構えてて、傍若無人で。
言葉の上手くない自分には、羨望と妬みの対象だった。
きっとこのクラスメイトは知らない。
言葉が喉につまる瞬間を。
誤った言葉を放った瞬間に入る、空気の亀裂の音を。
そんな風に感じては、流せずに胸の奥に膨れ上がっていく真っ黒な血にも似た塊の存在を。
繰り返す自己反省と自己嫌悪と自己弁解の日々を。
流暢に話し、教師にも一目おかれる。
―――壊してやりたい。
歩が止まる。
唐突に浮かび上がった思いは、今まで靄に霞んでいた思考に形を与えた。
ざわざわと、腹の中が漣打った。
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