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静稀が振り返る。
怒ったような顔にじっとりと汗がにじんでいた。
この顔を歪めたい。
後悔と自己嫌悪と窒息しそうな罪悪感で。
自信に満ちたあの表情を当惑と躊躇で惑わせたい。
「お前、」
静稀の目が血走っている。
何でか判らない、目の前が滲む。
静稀の顔が歪むのを想像したら、胸が熱くなった。
脳の芯を焼き切るような熱が突き抜ける。
―――ああ、そうか、僕は。
鼻の中に甘ったるい匂いが広がって、そのもとを探った。
―――そうか、僕は。
甘い匂いのその先に、静稀がいる。
手は捕まれたままで、そこから静稀の熱が伝わる。
それが、離れる。離れて、
―――彼が嫌いなんだ。
「お前、俺に惚れてるだろ」
認識した瞬間に吐き出された静稀の言葉が理解できなくて虚を突かれた。
気の抜けた襟ぐりを捕まれ、乱暴に空き教室に放り込まれる。
貴美鷹の体に薙ぎ倒された机が授業中の校舎内に大声をあげた。
誰も、来ない。
ピシャリと締められた出入口。
施錠の音。
薄暗い視聴覚室。
甘い匂いの逃げる場すらない。
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