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三階建ての最下階の窓からは団地と、この校舎に囲まれた小さな中庭が見えるばかりで、太陽光さえ校舎か、あるいはAー5棟だか8棟だかに遮られて見えない。
団地組じゃない佐々には側壁にある削れて古びた文字が5なのか8なのか判らなかったし、知ろうとも思わなかった。
狭い空を、飛行機が一直線に飛んでいった。
ぺき。
小さな悲鳴をあげてシャープペンの芯が折れた。
「いて。」
それは隣の席で伏していた飯尾の首筋にぶつかったらしい。
小さな抗議の声と共に飯尾が顔をあげる。
大きな手が首筋を覆い、鋭い切れ長の目が、すいとこちらを見た。
視線がかち合ってしまって息が喉の中蟠った。なにか言わなくちゃと思えば思うほど佐々の粘膜に声が貼り付いた。
「ご、めん……」
視界が滲まないように耐えた。
漸く押し出した声は惨めに掠れていて、唇を噛み締めた。
それでもまだこちらを見つめる視線に鼓動が跳ね上がる。
顔面が紅潮し、耳の薄い皮膚が爛れそうに熱くなった。
「しゃ、シャーペンの、芯が折れたんだ」
じわと沸き上がってしまうものに顔を下げて鋭い目付きから逃げる。
「ふうん。」
あ。そ。
気のない答えが佐々と飯尾の間を上滑る。
顔が必要以上に上気し、膝がカタカタと震える。
シャープペンを握った手はじっとり汗ばんで、背中もなんだか滑って気持ち悪い。
今僕を襲うのはフェロモン過剰症とかじゃない。
ただの対人恐怖症だ。
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