空蝉《うつせみ》

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暑い日だ。 時折すだれ越しに吹く風がいくらか熱を冷ましてくれるような気がするが、恐らくは気のせいであろう。髪や几帳(きちょう)が風に誘われ僅かに躍る様子を目にすると、自ずと脳が「涼しい」と判断するのだ。 つまりは『錯覚』というものだ。 ただ、ここで熱心に書物を書き連ねている女流作家にはその様な錯覚は不要だった。 何しろ先程から暑さというものを全く感じていない様子で、一心不乱に筆先から絶え間なく文字を生み出しているのだ。 彼女の周りを取り囲んでいるのは、自身が作り出す物語の世界だった。 彼女はここに存在しながらも、異空間を漂う陽炎の様であった。
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