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「ふうぅぅ」
まるで、久しぶりに呼吸をしたかのような深い吐息が式部の口元から流れ出て、ほんの少しだけ世界を揺らした。
「いつの間に……?」
気が付くと、辺りは暗闇に包まれていた。
顔を上げると、燈台にあかりが灯っている。誰かが気を利かせて用意したのだろう。
燈台の向こうに白金の月が輝いていた。
「余程根を詰めていたのね。私としたことが時を忘れるなんて……」
誰も見ていないにも関わらず、式部は恥ずかしさに頬を染めた。そこに彼女の奥ゆかしさが垣間見える。
式部は静かにもう一度息をつくと、たった今したためたばかりの書物に目を落とした。
彰子を虜にしているこの物語は『源氏物語』という。
主人公は、眩いばかりに光り輝く『光る君』こと『光源氏』。
類稀なる美貌と才能を持って生れ落ちた光源氏。
この世の羨望と嫉妬を一身に浴びながら歩む、彼の栄華と苦難に満ちた人生。
そこに織り成す数々の恋愛模様。
道ならぬ恋。
ジャンルで言えば、長編恋愛小説だ。
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