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――学生さん、こんにちは。じいやが急に訪ねてきたから驚いたでしょう。本当ならわたしが行くべきなのですが、病身の身ではそれも憚られ、またわたしが既に東京にいないので、書簡で失礼されて頂きました。
『人喰い鬼のための物語』完結おめでとうございます。一晩で結末まで完成するなんて、本当に驚きました。同時に、それほど真剣にわたしと向き合ってくださったことに感謝します。
学生さん、わたしは自分が人喰い鬼だと言いました。その気持ちは今も変わっていません。危険な伝染病に冒された身体です。わたしは人に危害を加える側のものです。でも、望んでそうなったわけではないのです。
あの人喰い鬼もそう。彼はただ仇討ちを望んでいただけで、断じて善良な人々の命を取ろうとは考えていませんでした。それでも結果はあのように悲劇的な状態に彼を導きました。わたしは自分を彼に重ね、気持ちを共有しようと努めました。そして、分かったのです。彼と違って、わたしにはまだ出来ることがあると。
鬼は、自分を元に戻すことは出来ません。でもわたしの病気は、必ず治らないと決まっているわけではないのです。わたしはもしかしたら、治療によって命を長らえるかもしれない。そう気付いたとき、心の底に希望が灯るのを感じました。もう長い間忘れていた感覚です。そしてそれは、あなたが描いてくれた物語があって初めて生まれたものなのです。
鬼は、最期に姫君の真心を受けて自我を取り戻しますね。身体は鬼のまま、心だけが人に戻るというのは残酷で苦しいことです。けれど、彼の隣には彼女がいます。彼を理解し、支えてくれる存在が。――わたしにとっては、この作品とあなたがそうだったのかもしれません。
だからこそ、わたしはこのノートをあなたにお返しします。この物語はもっと多くの人に読まれるべきです。これを元に、本を作ってください。そしてそれを一冊、長野のわたしの元に送ってください。印刷してくれるように父に頼んでおきましたから、どうぞよろしく。遅いとじいやが催促に伺いますので、なるべく早くしてくださいね。
最期に一言だけ。あなたはわたしの病気を治療してくれたわけではありませんが、わたしに生きる力をくれました。どうかこれからも書き続けてください。それによって救われる人は大勢いるのではないでしょうか――
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