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昭和二十一年の五月。
そのとき私はまだ焼け跡の生々しい東京都心を避け、郊外に用意された下宿から日々大学に通う医学生だった。
下宿は今でいうところの中央線沿線に位置しており、当時はまだ武蔵野の木立が濃い緑の影を落とす田舎だった。私は地方都市の出身だったが、都会のすぐ側に手付かずの自然が残っていることを不思議に思ったものだった。
人が黒々と溢れそうな列車に無理に乗り込み、僅かな車窓から眺める敗戦後の東京は独特の熱気に満ちていた。空襲で燃え落ちたままの建物も残っていたが、瓦礫が撤去された跡地にバラック小屋がみっしりとキノコのように密生している。そこを無数の人間が蠢き、行き交う。表通りでは駐留軍の戦車が行進しているというのに、裏通りや闇市の雑踏といったら……。だが、それが有機的に繋がり一体となっているのがその当時の東京だったのだ。
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