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彼女に出会ったのは、そんな昭和二十一年春の宵のことだった。
下宿で描いていると叔父に密告されそうなので、私は授業が終わった後、学内図書館の片隅で作品作りに打ち込んでいた。微かな明かりの下、万年筆が青インクを吐き出し、それを伸ばして森を、川を、村と姫君と人喰い鬼を描く。そうしているとしばしば時を忘れることがあった。
その晩、一区切りつけてふと顔を上げた私は、開け放した窓ごしに一人の少女がこちらを見ているのに気付き、まごついた。
「何を描いているの」
細く歌うような声で彼女が尋ねてくる。
「医学の勉強をしているんだよ」
とっさについた嘘に、彼女は鼻を鳴らした。
「嘘。それ、漫画じゃない。医学生は漫画を描きながら勉強するの?」
私は慌てて周囲を見回した。既に外は暗く、図書館の人影はまばらだが、それでもあちこちに学生が散らばって座っている。私は立ち上がり、窓辺の少女に小声で言った。
「そうだ、漫画だよ。でもこれは内緒で描いているものなんだ。だから黙っていてくれないか」
「良いわ」と彼女はにんまりとした笑みを作った。「その代わり、わたしに読ませてちょうだい」
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