第1章

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 眺める角度の違いによって、人生もまたまったく違ったものになる。昨年購入した真新しいマンションで過ごす日曜日は、永井にとって王様気分を味わう瞬間だった。だが、これとは違う人生の角度があるのだという認識が王様気分の中に進入してきて、遂にはひっくり返してしまう。俺は王様なのか、奴隷なのか。ただ少なくともこの瞬間だけは、快適な部屋で日曜の朝を迎えている自分が、死ぬほど幸福だと思った。彼は窓際の飾り棚に置いた、胡蝶蘭の鉢植えに水をやった。そして立ち止まったまま、胡蝶蘭に見入った。これは天国ではないか! 彼は人生の中に、数々の不充足、不安、不満があるとはいえ、自分が世界一幸福であることを確信するのだった。それから、服に着替えて、麻婆豆腐、ワカメの味噌汁、牛乳というブランチを作って食べた。その間、チャーリー・パーカーのCDを流した。路上ギタリストがフュージョンファンであることを思い出し、喜んだ。鏡に映る自分を見て、まあまあいけてるのではないかと思った。しかし、五秒以上見続けることは苦痛だった。時刻は十時過ぎだった。もし十一時を過ぎていたら、この日が台無しになり、何もやる気が出なくなるところだった。ブランチの味は最高だった。麻婆豆腐が止まらず、ご飯を三杯も食べてしまった。素晴らしいアルトサックスを聴き続けることができるので、食後の食器洗いが楽しくなった。栗田に天才と呼ばせた分析力で、チャーリー・パーカーに迫ろうとする。少し考えてから、テーマを『無限の可能性』に決めた。今までどこかで聞いた曲ではなく、生まれて初めて曲だったから。人生は過去の繰り返しであってはならない。新しい一歩にしなくてはいけない。それが生きる意味である。そこに同時に残る割り切れない不安に負けてはならない。朝食をしっかり作り、食べ、綺麗に片付け終えると、大きな感動に心が満たされた。それから、読書をするために、日曜日の日課であるスターバックスに行く事にした。部屋を出るぎりぎりまでCDプレイヤーを消さなかった。
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