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 長生きした廃墟は誰よりも優しいひとになる。  どこからともなく現れた噂は、小学生の私にとっては取るに足らないもので、たくさんある会話のひとつでしかなかった。みんな不思議な話として受け止めてたみたいで、好きな人と両思いになれるのかもねなんて、縁結びの象徴のように扱われていたみたいだった。  中学生になってからは、廃墟に入ると殺されてしまうという内容に変わった。孫が死んでおかしくなった老婆がいるとか、刑務所から逃げ出した殺人鬼がひそんでいるとか、あながち冗談とも言えない方向に話が成長したのは、子供から卒業して、現実と向き合っていく時期だからなのかもしれなかった。  勉強に、部活。できる人は恋愛。将来設計。高校生になって、みんな日常が忙しくなって、いつの間にか廃墟の噂はいなくなっていた。空想にいそしんでいた頃の記憶を引き連れて。私も例にもれず巻き込まれて、周囲に合わせるように日々をこなして、そして、たいして感慨深くもない卒業式を終えた。  生きていく息苦しさは中学生の頃からあった。歳を重ねるにつれて、うまく形をとらえられられるようになっただけ。虫歯のようなものだったのかもしれなかった。痛みがなくなったからといって治ったわけじゃない。これまでかろうじて他人と、そして世間と折り合いをつけていた私は、二十三歳の秋、限界を迎えた。  生きること以外、なにもかも投げ出した。飽きるほど迎えさせられた眠れない夜の中で、繰り返し繰り返し、心臓の鼓動を数えさせられた。そして私が死んでいくにつれて、人間らしかった日々で聞いた噂は生き返っていった。 (ばかばかしい、だろうけど)  月だけは休まない深夜。私が目指して歩いているのは、街外れにある丘の上。高校生の頃に一度だけ、長生きした廃墟がここにいるらしいよと、誰かが話していたのを思い出せたから。うまく死ねたなら儲けもの。自分を愛することなんて最後列にしてきた私は、遠回しの自殺でさえどこか投げやりだった。
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