拷問のダンス・ビート

7/9
14人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
 再び気が付くと、フローラは六畳ほどの洋室の中央にある事務机の前の椅子に腰掛けていた。机に伏せていた上体をフローラはむっくりと起こした。 〈エージェント・フローラ〉どこからともなく深い残響のかかったドクター・バイパーの声が聞こえてきた。 (ここはヴァーチャル空間なのかしら……)フローラはそう考えながら周囲を見回した。 〈エージェント・フローラ、吐く気になったかね。今のうちに全てしゃべった方が身のためだよ〉と、声が言った。 「私は何も知らされてないし、知っててもあの程度でしゃべるもんですか!」フローラは答えた。 〈では仕方がないな、次はこれだ〉  フローラの目の前の机の上に厚い本が二冊、電送されるかのように姿を現した。 〈フローラさん、読書というものは大変楽しいものですね。しかし、それが自分の苦手なタイプの小説となると人は時に地獄を見ることになる。フフ、君の好きな小説はSFですか、ならばその本を読むんだ!〉  フローラは机の上の二冊の本の片方を手に取った。 (しまった、純文学だ。その上、上下二巻に分かれているなんて! 私の常識では考えられない! ウウッ……)  フローラは腋の下から汗がにじみ出すのを感じた。 〈さあ、読むんだ!〉  フローラは仕方なくその本を読み始めた。  ──「人間の必要条件としての自動的生活の大河」 ラフマニビッチはナスターシャの姉の義弟であり、チャイコフニコラスが地主のムソルグィエフから買い取り、ナスターシャの母の従兄へ譲り渡した邸宅から馬車で十時間程離れた湖畔の小屋に暮らすはずだったが、今はもう人手に渡っていた── (何これ、さっぱり分からないわ)フローラは思った。(どうしてこんなに人の名前がややこしいのかしら)フローラはなおも読み進めた。(ああ、なんで面白くならないの。助けて、気が遠くなってきた)  声がした。〈どうした、もう降参か。読むんだ!〉  フローラは目に涙を浮かべながら読み続けた。(ああ、どうして人はこんなことに耐えなければならないのかしら……。いけない、眠くなってきた) 〈寝るなっ、誰が寝ていいと言った。寝るなっ!〉 (ああっ、助けて、もう駄目!) 〈寝るなっ!〉 (ああ、もう限界だわ……。もうどうしても先に進むことが出来ないっ) 〈お前が勉強不足だからいかんのだ! 読書力が弱まっておるではないかっ! 馬鹿めが、馬鹿めがっ!〉  フローラはその声にひどく傷付き、自尊心がバラバラに引き裂かれるのを感じて叫んだ。 「もう駄目ーっ」  フローラはがっくりと机に突っ伏して、気を失った。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!