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「……もう七年でしょう? 杏ちゃんとパパが亡くなってから。新しい家族を迎える気がないのなら、ペットくらいは飼ったほうが……」
「いいえ。わたしはひとりがいいんです」
「……でも、寂しいでしょう? だから、ノラ猫って言ったって、こうやって家の中に入れてるんじゃないの?」
女の人は、なぜか琴子さんじゃなく、僕を見下ろして言った。
「……誰かを愛おしいと思う気持ちを、あの事故が起きた日に捨てました。そういう感情がないわたしには、寂しいと思う心もないんです。この猫は勝手に入ってくるんです。追い払わないのは面倒なだけです」
そう話す琴子さんは、どこまでも作られたみたいな声だった。あのスマートフォンのアラームの声と同じ。ううん、あの声のほうがまだ人間ぽい。
「琴子さん、あなた、また失うのが怖いだけじゃないの?」
「防音工事のお知らせ、わざわざありがとうございます。固定電話に出ないので、知り得ないままだったら面倒でした」
ペコリと頭を下げると、琴子さんは部屋に戻ってしまった。
取り残された女の人は、その背中を見送ったあと、消え入りそうなため息をついた。それから、僕にうんと小さな声で話しかけた。
「……琴子さんをよろしくね。本当はとても素敵な笑顔の、とても優しい人なのよ。あなたにはわかるかもしれないわね」
そして、しとやかな手のひらで僕の頭を一回撫でると、出ていった。
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