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「冷静に、しっかりと聞いてくれよ」
直人は、明日香の目を見て言った。
明日香は斜め上の直人の顔をしっかりと見つめた。
「『左様ならば』が本来の別れの挨拶だとしたら、それを言い終わった瞬間に『別れ』が始まるということだよな」
理学部らしい直人の理屈が始まった。
「だとしたら、『左様ならば』を言っている最中は、まだ別れていないということだろ。これはボクの勝手な説だけど、きっと、なにかしらの意味があって誰かが『左様ならば』を『サヨナラ』に短くしたんだ、と考える方が自然な気がする」
「誰かが、何かしらの意味をもってサヨナラにしたっていうこと?なんのために?」
「なんのため?良い質問だ。きっと、今のボクと同じ気持ちがあったからだと思う」
「え?どういうこと?」
「つまり『左様ならば』に『左様ならば』したかったってことだよ」
明日香は、直人の理屈についていけないことが時々ある。
「本来の別れの言葉、『左様ならば』と言い終えてしまうと別れがやってくるのなら、最後まで言わずにサヨナラでストップしてしまえば、むしろ、ずっと続いてほしいっていう願いを伝えることになるって考えたんじゃないかな。いつまでも終止符を打たないなら、永遠に別れは来ないだろ。」
直人はそう言うと、肩に掛けていたトートバックの中に手を入れた。
「これ、ホワイトデーのプレゼント」
明日香は、狐につままれているような表情で、直人から受け取った。直人は照れた顔を隠すように、くるりとひとり駅へと歩きだした。
ほんのしばらくの間、明日香はゆっくりと歩く直人の背中を見つめていた。
理屈っぽいところも、それでいて明日香よりもよっぽどロマンティックな直人のことが、大好きな自分を改めて感じた。次の瞬間には、明日香は跳ねるように直人の腕に絡まって駅へと向かっていた。
「ねぇ、ねぇ、永遠に別れは来ないってどういうこと?」
意地悪な明日香は直人に甘える。
恥ずかしそうに直人は黙ったまま、前だけをただ目指している。
駅までやってきた時、直人は改札の横の案内板に書かれていた2019年3月14日の日付を見てつぶやいた。
「あ、もうすぐ平成ともお別れだな?」
「大丈夫。平成にサヨナラって言えば良いんでしょ」
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