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沙織の指定したお店は、地元のパスタ屋さんだった。
私のアパートから割と近くだ。
車のない私が自転車で行けるようにしてくれたのだろう。
私は、7歳の時にこの街に引っ越してきた。
理由は、駆け落ちの末結婚したはずの、両親の離婚だった。
母の生まれたこの街に来たけれど、すでに祖父母は他界していた。
さらに、元気印が自慢の母は、私が働き始めてすぐ突然の病で帰らぬ人となってしまった。
私はそれはもう酷く落ち込んだけれど、様々な手続をしたり喪主としてバタバタと動き回らなければならず、あれよあれよと事が進んだ。
今思えば、しっかり立ち上がるためにそれもよかったのかもしれない。
母の残してくれたお金はあまり多くなく、それもささやかな葬儀でほとんどを使ってしまった。
女手一つで私を短大までいかせてくれた母には感謝ばかり。
私は母の分も幸せに生きなきゃいけない。
今日も、母の遺影のお水を替えて手を合わせ、「行ってきます」と呟いた。
でも今は、こうする度に、「俺がそばにいるから」と言って抱きしめてくれた圭を思い出しては胸が苦しくなる。
恭ちゃんはこの部屋に来たことはない。
母は、圭とのことを応援していてくれたから。
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