邂逅

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 私は誰からも反対されることもなく、殺されることになりました。いえ、殺される、だなんて物騒な話ではないのでしたね。私は神様のお膝元へ送られるという名目で、海の底へ沈められることになりました。昔からよく言われている通り、「神様のお怒り」を「鎮める」ために私は「沈め」られるのでした。  はっきりと言いましょう。恐ろしかった。やめてくれと懇願したかった。逃げ出したかった。でも許されないと分かっていたので私はただ笑顔で受け入れるだけでした。私の内心を察してくれる人も、考えてくれる人も、知ろうとしてくれる人もいませんでしたから仕方がありませんでした。私はひとりでした。正真正銘の、ひとりだったのです。笑っちゃいますね。あんなに恵まれていたはずの何もかもが消え去ったのですから。友人も、両親も、好きな人も、私を頼った人も、何もかもです。ああ、その中には『神様』もいましたね。本当に何もかも失いました。私には、何も残っていなかった。この命。この命だけが残されたもの。ならば。それを差し出さない理由も、なかったのです。  そうして私はここにいる、という訳です。どうです? 少しも面白い話では、なかったでしょう?  そう言うと紳士は、私に向かって首を横に振った。ああ、呆れられてしまった、と私は受け取り、申し訳なく思い、その旨を告げた。紳士は更に、違いますよ、と呟き、悲しげな瞳で柔らかく笑った。
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