九月六日

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 することもなく、図書館から借りている芥川龍之介の短編集を読み始めるが、昔の単語が連続し過ぎて何を言っているのかさっぱりわからない。いちいち注釈を読むのも面倒臭くて、なんとなくの雰囲気で読む。しかし話が全く頭に入って来ず、眠くなってくる。  不意に、札幌に住む後輩のことを思い出した。彼女とは頻繁に連絡を取っていたわけではないが、メールを送ったら必ず返信をくれ、何度か一緒に出掛けたりもした。しかし、僕が最後に送った展覧会への誘いのメールはスルーされたままだった。  嫌われたのかもしれない。何かしてしまっただろうか、それとも最初から嫌だった?僕自身何か変わったことをした覚えはなく、理由はわからない。だがもう連絡しない方がいいのかもしれない。何にせよ彼女にとって、僕との連絡は必要のないものなのだ、そう思っていた。  大丈夫だろうか、きっと大丈夫だろう、しかし、あの子に何かあったら僕は……僕にはやはり何も出来ないけれど、安否を確認せずにはいられなかった。 『地震、大丈夫だった?』  その一文だけ送る。彼女の連絡先はメールアドレスしか知らない。ラインは使っているのかどうかわからない。だから送ったメールが既読か未読かわからない。  隣室の声は相変わらずうるさい。僕は本を数行読んでは寝て、読んでは寝てを繰り返していた。  思えば昨日も、僕は何もせず過ごした。朝から精神神経科の診察があり早起きしたせいか、否、それだけとは思えないほど酷く眠くて眠くて眠くて、診察後に大学の研究室へ行ったのだが何も出来ず帰宅し、一日寝て過ごしたのだ。洗濯物も溜まっていたが、明日の朝やればいいとほったらかしていた。前職場へ連絡しなければならない案件もあったが、急ぎではないと後回しにしていた。今日は何かしたくても何も出来ない。昨日出来たことは昨日やっておけば良かった、とボーっとする頭で思った。  いつの間にか焦点も合わず宙に浮いていた視線を本に戻すが、どこまで読んだか覚えていない。仕方ないので開いていたページの最初から読み直す。その繰り返し、繰り返し。一向に次のページは開かれない。  とその時、メールの着信音が鳴った。
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