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午後一時過ぎ、隣室のドアが開かれる音とともに、男の馬鹿でかい声がした。
「電気ついたって!」
その時僕は作業机で、相変わらず意識を飛ばし飛ばし本を読んでいた。試しに机に置いているスタンドライトのスイッチを入れてみると、ついた。トイレの照明も給湯器もつく。少しの間だったが、電気がないとこんなに何も出来ないのか、と感じた。電気があると生活を照らせる、ありがたい、電気を考えた人や供給している人は本当に凄いと思った。
「なんかここらへんだけっぽい、役所近いからだと思う、向こうのレオパもついたって、だから今のうち充電しといた方がいいよ……」
喋り続ける男、丸聞こえである。通常ならうるせえなあと思うところだが、今回は役に立ってくれた。ありがとう。
男の言う通り早速スマホに充電器を差す。ラインニュースを開くとトップに、「北海道で震度六の地震」。これは後に、震度七と改められ報道されることになる。バイトのグループトークには未読メッセージが二十件以上溜まっているが無視。家族のグループトークにだけ「電気ついた」と投稿。
テレビをつけると、事の大きさに驚いた。土砂崩れ。液状化。断水。運休。通行止め。避難所開設。時間が経つごとに増える死者、安否不明者、負傷者……怖いと思った。震源地から決して遠くはないこの地で、文房具が散らかっただけで済んだのは、もしかしたら奇跡なのかもしれない。しかし現実感がなかった。実家や前職場のあたりでは依然停電が続いているとのことだった。恐らく後輩のところも、まだ停電中なのだろう。キャスターは言う、「携帯、スマートフォンの使用は必要最小限にして下さい……」
さっき僕は、後輩にメールを送ってしまった。それは僕にとっては必要な連絡だったが、後輩には、貴重な電池を無駄に消費させてしまったのかもしれない。
なぜ僕にこういった情報が入って来るのだろう、と思った。僕はもう普通に過ごせる。今テレビやネットニュースで流れている情報が必要なのは僕ではなく、神戸の小鳥遊でも東京の兄でもなく、画面に映し出されている地域に住む人々なのだ。なんだかやるせない気持ちになった。
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