人魚に喰われた夫

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「似合うかい?」 青いインバネスコートを身にまとった夫を、恋人は見つめている。恋人は白いファーのついたコートを身につける。2ヶ月前に夫が恋人に送った特注品だ。フードには猫の耳を模したファーが付いている。恋人は猫に似ていて、きっとこんなコートを着ると本物の猫のようになって可愛いだろうと考えたから。 「…似合わないよ。」 「君はよく似合ってるよ。」 笑みを携え恋人に手を伸ばすと、手のひらにするりと顔を寄せる。この様子を見て夫は内心このコートは送って正解だったと考えていた。白く上品な猫を想像したのだ。 恋人は夫の大きな手を細い指いっぱいに握りしめ、玄関のドアを開けた。耳のついたフードもしっかり被って。 1年前の話、夫は恋人と結婚しようと考えていた。そんな時に隣国との間に法案が出来上がった。 この国の隣国は陸地に無い。海中、人魚の国だ。人魚の国はこの国が出す汚染物質により人口が減少したことを受け、その償いを求めた。 雌の人魚は人間の男と子を成す。いや、正確には子作りには人間の男の肉を必要とする。 人魚の国が求めたのは人の男だ。国の最北端にある崖っぷちの施設に毎月7人の成人男性を送り、そこから投げ捨てて人魚に捧げる決まりになった。青いインバネスコートは国から送られる、”捧げもの”の印。人魚はこのコート以外の服を着た人間は保護する姿勢を取っている。 7人の男はランダムに決められ、すべての国民の夫や息子がいつ海に送られてもおかしくはない。 夫への通知は半年前に来た。それを受け、結婚の準備だ挨拶だで急いでいた夫は急遽結婚をやめた。恋人が結婚後すぐ未亡人になるのがあまりにもかわいそうだったのだ。しかし恋人は結婚したがったので夫を夫として。夫は恋人を恋人として扱った。二人は大好きな人とできる限りたくさんの時間を過ごすことを決め、海の近くの家を夫の余生を過ごす場所とした。 幸福な半年だった。恋人はずっと笑顔だった。夫は不安に思う日もあったが、恋人の笑顔に救われていた。ああ、生きていてよかった。この顔を見れて良かったと。
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