0人が本棚に入れています
本棚に追加
「こんにちわぁ!」
隣の家の夫人が甲高い声を上げる。二人が苦い顔をする。恋人はこの人が嫌いだった。「転生会」と称して募金やなにかへの信仰を求める人で、たまに夫と恋人の家を訪ねてはパンフレットを置いていった。しかもこれは役所ぐるみで行っているので余計にタチの悪い集団だ。朝も夜もこの人は活動している。
「今日なんですねぇ!奥様、今日こそうちの会員になりましょう!会員特典には…」
「結構よ。」毅然と言い放つ恋人は猫なんかじゃない。それより強い、虎の眼光を放つ。夫人は一瞬ひるむも、すぐさま笑顔でしゃべり続ける。
「旦那様も、今のうちに会員になった方がいいですよぉ~。今日お亡くなりになっても、すぐ転生してまた生きて奥様と会えるお祈りをしているんです!神は叶えてくれます!」告げるその目には狂気が浮かび、この人の夫は戻ってきていないことを意味していた。
恋人の目が潤む。すぐさま夫は恋人と夫人の間に割って入る。嗚咽で震えしゃがみこんでしまった恋人を抱き寄せすぐ歩き去る。夫人の声が後ろから聞こえた。また別の人をターゲットにしたようだ。
「あの人とまともにしゃべっちゃダメだって言ったでしょ。」
「…ごめん。」
「あのね、泣いちゃダメだよ。」
「無理よ、そんなの。」
雪がチラチラと降り始めた。海はすべてを飲み込みそうな色で夫を待つ。夕焼けが、二人を照らす。二人とも、もうすぐこの温もりがなくなってしまうことにひどく絶望していた。夫は顔に出さないと心に決めていた。ここで不安がったら恋人はどうしていいのかわからなくなる。だからいつも通り、笑顔で過ごすことにした。
恋人もそうしたいと思っていた。だが、隣のご婦人の登場でどうも上手くいかない恋人はボロボロと泣き続けた。
「あなたがいなくなって、あの会に入ったらどうしよう。」
「入らないで。」
「どうしよう。あなたに会いたくなるかもしれない。」
「ダメ。本で読んだでしょう。」
「そうだけど、どうしよう。」
「僕にはもう会えない。このコートを着たからにはそうなんです。」
「知ってるよ。でも…」
もう言わせまいと夫は強く恋人を抱きしめた。
「…大丈夫、大丈夫だから。」
抱きしめられて恋人は少し落ち着いたのか鼻をグズグズさせながらも施設までの道を歩いた。
最初のコメントを投稿しよう!