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なるべく処刑場までの道のりは短い方が良かったから、施設近くに家を借りた。
しかし、恋人は何か焦燥感に駆られていた。夫の存在は若い恋人にとって精神的に安心させるものだったのだ。この先自分が孤独に耐えかねて死を望んだらどうしようと、ありもしない不安を感じていた。この道は、二人の最後の時間。幸せに消費したいのだが、うまくできない。楽しい話をしていても、その話が終わりそうな時に、どく、どくと終わりへの恐怖が脈を打った。
もう5分も歩けば。
この人は死んでしまう。
夫はそんな恋人に気づいていた。恐怖でどうしようもなくなる恋人に。
「恋人さん。」
「なに。」
「怖いですか。」
「怖がらせないで。」
「怖がらせてませんよ。聞いただけです。」
「怖いよ。…ひとりは怖いよ。」
「…僕とあなたが出会う前、あなたは飲み屋で働いていて、僕はお客さんでしたね。」
「そうだね。」
「あなたはその時からもう可愛くて。僕が一目惚れして。」
「可愛くなんかない。」
「僕にとっては世界一可愛い女の子です。今でも、これからもずっと。」
「もうそんな年じゃない。」
「あなたには未来があります。」
「あなただって、未来があったのに。」
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