青い虚感

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 皮手袋を脱ぎ捨て、リンゴに手を伸ばす。すっと伸びる自分の腕は真っ青で、見た目からして不健康だ。先ほど灯った体内の温度は冷めていた。  リンゴの丸い側面を指でなでる。途端、僕の指先から青が移り、青い液体に浸され、水を吸ったようにリンゴはつま先から頭のてっぺんまで青に変わる。  僕は、悟った。  この赤でさえ僕の青はかき消されやしないことを。 「期待したのがバカだったんだ」  スカイは何も言わない。  その双眸が僕を射る。 「なんだよ、スカイ」  ひどくみじめな気分だった。  スカイは何も言わない。  猫だから。猫でも、何かしゃべってくれたら、少しは落ち着いたのかもしれない。 「その目はなんだよ、スカイ」  声も、体も震えていた。寒さを感じないようになったのはいつだったか。手首を切り、滴った赤に青が混じったのはいつだったか。純正の青を生み出す僕の中の怪物は、いつのまにか成長していた。 「その目が僕のせいだと言いたいのか。僕がスカイの目を青に染めたって、この世界が、何にも変わらなくって、この赤だって偽りだって言いたいのか」  赤に期待していた。どこかでまだ生きている人がいると、そんな赤を信じていた。でも、やっぱりどこかでは気づいていた。  長くなった髪を、僕の青を抱いて、そうして僕は叫んだ。 「この世界はもう手遅れだって、どんな希望を抱いても無駄だって言いたいんだろ」  誰も何も言ってくれない。返答もない。寂しい気持ちでいっぱいだった。スカイだって何も言ってくれない。世界は静寂に包まれていた。  それもそうだ。とっくの昔に人なんて全員、白い砂の中に埋もれてしまったのだから。  それなのに、僕は希望を抱いていた。どこかにきっと生きている人がいて、僕のことを受け入れてくれる人がいて、僕の青を抱いて一緒にいてくれる、そういう人がいると。  どこかに、きっと。 だが、実際はどうだ。リンゴの周囲のこの白の痕跡はなんだ。どれもこれも僕に伝えてくる。諦めろ、と。僕を青に追い込む。 「僕だって、知ってんだよ」
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